トップコラムの過去分
2010年7月
ライカもついに実質的に銀塩カメラの製造をやめた。
残念ながら、実際にさほど使わない人が大半を占めているという状況からすると、
現在のデジタルブームからして仕方ないことかもしれない。
良い写真を撮ろうという気合いはなくとも、
写り方をあーだこーだ言うのにデジタルは適してるから。
いま一番気になることは、デジタルの世界ではライカのブランディングが
有効に働くと思えないこと。
(ライカもそこに甘んじた結果だから仕方ないと思うけどね)
ある時代にライツが追求し達成した写真を撮る上で一番大事なことが
いまライカ社も含めないがしろにされている。
それは写真を撮る身としては辛いところ、痛いところ。
2010年6月
写真関係で買って良かったものに、フレーム(額)がある。
nielsenの16×20フレーム、20個で10万円、決して安くはないかもしれません。
ただし、先日の展示ですでに均して10回くらい使用している。
10回ということは、一個あたり1回の展示の費用が500円で済んでいるという計算になる。
そして、今後も使い続けることでコストは限りなく小さくなる。
コストの面だけでなく、フレームというのは写真を飾る上でのスタンダード。
プリントの見栄えの面でも、保護の面でも、そして、展示(&後)の取り扱いの面でも、
これがベストであることは間違いない。
2010年5月
先日バライタを焼いたため、現在フラットニング中。
さて、RC(レジンコート)というのはどういう状況で生まれたかといえば、
一例を書けばたとえば新聞などのメディアの要望。
たとえば、昔のオリンピックではカメラマンが撮ったフィルムを
アシスタントが走っていって、会場の特設現像所に持ち込み、
すぐに現像&プリントし、翌日の新聞に間に合わせようとしてた。
つまり、決してRCに写真的なメリットがあったワケではなく、
そういう速報性のニーズに応えるために生まれたモノ。
もちろん、いまはRCの便利性はすごい。ウェット・ドライプロセスともに迅速です。
ただし、作品という観点に立ったら、スピードと手軽を優先させては本末転倒。
カメラの多機能・デジタル化も同じで、もちろん"あるから出来ること"も無くはないですが、
実際のところ、多くの人の場合、必要だからではなく楽だから使ってるし、
楽さにまかせて使うから、ぜんぜん駄目なんだと思う。
2010年4月
「私の作業」
ベロを出したら電気を消して丁寧にリールに巻く、タンクに入れて3種類の薬品に浸し、
水でゆっくりと晒す。濡れた状態で、ネガの仕上がりに問題ないか確認。
乾燥したら、良いカットを眺めながら、スリーブにする。
それを引き伸ばし機に掛け、ベタをとる。ベタを眺めながらダーマトでチェックを入れていく。
気になるカットを再度引き伸ばし機で六切りにテストプリント。
ネガの濃さ、印画紙に落ちる光を確かめながら、部分的に光の量を調整。
現像液の中で浮かび上がる像を眺めながら、どう落とし込むかを考える。
そして、本番。バライタ紙を丁寧に扱いながら、部分部分に最適な光を落としてく。
全体を眺めては、部分を眺める、その絵が最適になるように格闘したり戯れたり。
最後にドライプロセスを経て、作品になる。もちろん、それでも満足いかなければビリッと破る。
2010年2月
「 デジタル 」
焼き増ししてください、プリント代払うんでと言われると、結構困る。
それって、人件費すら含まない材料費の値段で売って下さい!って小売店に言ってるのと同じなんで。
小売店の利益なし、ましてメーカーの製造コストや諸経費すらなし(つまり作った人の生活は成り立たない)ってことだからね。
まして、デジタル時代になり、「このSDカードにデータを入れてください!」と言われたとしたら大層困るだろうと思う。





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